穴水町復興対策会議能登半島地震復興支援ブログ

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2009年06月27日

いとしの能登 よみがえれ!


21日の日曜日、朝日新聞社説に「伝統木造構法  匠の智恵を地
震列島に」という論説が出された。

能登は、神社仏閣が多くまさに”伝統構法の宝庫”だ。

能登半島地震によって今にも倒れそうな本堂を、匠の技術で見事に建て起こしを
して再建した事例は少なくない。

いや、それどころか全壊でグチャグチャになった木造住宅でも補修再建
している事例も少なくない。

考えてみれば、阪神・淡路大震災以降の地震で全壊あるいは大規模半壊に
なった被災住宅を匠の技術で、これほどまでに補修再建された事例も稀では
ないだろうか?

この事実は今後の災害後の住宅再建に多くの教訓を残された。

しかし、それは能登という地域特有のものだろうか?

勿論、他の地域と比べて梁の太さ、土壁のしつらえ、基礎の頑丈さなど比較すると、
能登の木造住宅は凄いとなるのかも知れない。

一つは雪深い地域の智恵でもある。

でも、他の中山間地域においても日本の古来の伝統構法で建てられた木造住宅は多い。いまこそ、それらに注目し可能な限りの耐震補強が急がれるのかも知れない。

先日4日間ほどであるがネパールに行く機会を得た。

首都カトマンズで世界遺産に認定されている地域で、現存では最古に近い古い
寺があった。

よくよく見ていると、あとから補強しているなぁと思える状態を見ることができた。

それは古いもともとの柱に添え柱として二重にしているのだ。
「なるほど、筋交いなど入れなくてもこんな簡単な方法で補強ができるのか!」と
思った。

同時に、2004年のインド洋沖の地震津波のあと、インドネシアのニアス島に
行ったときのことを思い出した。

築100年の木造住宅(屋根は椰子の葉で葺いたもの)はこの地
震でビクともしていない。

架工式(ジャングルジムのような縦横の軸組)
の構法で、破損したところだけを取り替えている。

そこだけ真新しい木材が使用されているのですぐわかる。
高床式の構造で床下には、家畜を飼っている。

家畜は何よりも貴重な財産だから、床下を支える基礎の構造は半端じゃないほど
堅牢である。

暮らしの智恵なのだろう。
先に触れた匠の智恵と暮らしの智恵が上手く噛み合って、昔から住ま
いというのはつくられてきたのではないかという推測は容易にできる。

むしろ暮らしが匠の技術を生みだしてきたとも言える。

最初に紹介した社説の最後に、「地震列島で大工や左官が培って
きた技に謙虚に向き合い、その匠の智恵を生かしていきたい。」と結んでいる。

能登の穴水から車で15分ほど珠洲の方に行くと「能登中居鋳物館」というのがある。

この中居鋳物の歴史は古くは平安の末期にまで遡るのだが、最盛期は1751年から1764年の間で、この頃には貸釜が2000もあったそうだ。

やがて、鋳物業が衰退しつつあるとき、この中居の鋳物師は能登をはじめ北陸および東北地方の左官になって行ったという興味深い話がある。

何故、鋳物師が左官なのか?

左官は、道具のコテが命である。
そのコテを自分で創っていたとのこ
と。”マイ-コテ”だ。

能登地域の左官の技術が優れているのは、こう
いう歴史があるからだと教えられた。

益々能登通いは止められない。

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
 村井雅清(むらい・まさきよ)
 e-mail:murai@code-jp.org

2009年05月10日

能登半島地震・その後


先日話題に触れました能登門前町興禅寺さんの完成式ですが、正
式に下記の要領で執り行うことが決まりましたので、ここにあらためて
ご案内します。
是非みなさんご参加下さい。

2年前の能登半島地震で本堂も庫裡も全壊になり、奇跡的に助かっ
た市堀住職とおつれあい様は、その時から再生を誓い、住職は2年
間の托鉢の行にでました。

みなさまのご支援によって寺の再建が叶い、ここに完成式を行います。
この2年間の喜怒哀楽のすべてが托鉢の二文字に包み込まれるのでしょう。

みなさまと共にお二人の苦労とここまで支えてこられた檀家さまやまた関係者の
みなさまお一人おひとりの思いを、少しでも共有できればと思っています。

尚、当日22日は、完成式の前に興禅寺に事務局を置く「災害ボラ
ンティア支援友の会」の第2回総会を行います。

また完成式後の振る舞いとして、浄土真宗大谷派の僧侶たちとレスキューストックヤー
ド(名古屋)のスタッフの参画を受け大鍋での「炊き出し」を行います。

また新潟県中越地震及び中越沖地震の関係者である曹洞宗医の僧侶も参加します。

そして能登半島地震以来被災地能登に通い続けている「中越・KOBE足湯隊」と
高野山真言宗から僧侶が合流し、足湯ボランティアに行きます。

興禅寺さんお境内で行います。
興禅寺さんは曹洞宗ですが、こうしていろいろな宗派の僧侶たちが集まられます。
よろしくお願いします。

式次第<興禅寺完成式>
一、2009年5月22日金曜日 午前10時開始
   住職の読経
一、同日午前10時半から茶話会と足湯
一、その後、炊き出し

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
 村井雅清(むらい・まさきよ)
 e-mail:murai@code-jp.org


2009年05月03日

能登半島地震・その後26

◇いとしの能登 よみがれ!◇

興禅寺の再生に伴い、「災害ボランティア支援友の会」について触れました。

興禅寺住職市堀玉宗さんが同会の事務局長さんをして下さっています。

会長はこのブログでも何度も登場する山下良演住職です。(正式には、隠居されましたので住職ではないのかも知れません。

その山下良演老師は、穴水町にある高野山真言宗の僧侶ですが、この度奥能登地方にある11寺院と「能登花の寺 心華会」(会長 上野弘道住職 能登町寺分)を発足させました。

各々の寺に咲く花の名所を鑑賞して頂こうという企画です。

来迎寺には9種類のサクラの木があり、1年の内4ヶ月ほどだけはサクラが見られないが、あと”10月桜”というのが10月から咲きますので、これは見事なものです。

ちなみに会長の平等寺は”あじさい寺”と言われているそうです。

11の寺というのは、総持寺祖院(門前町)・仏照寺(三井町)・金蔵寺(田野町金蔵)・天王寺
(田野町徳成谷内)・来迎寺(穴水町)・本光寺(珠洲市馬緤町)・本龍寺(珠洲市三崎町宇治)・宝住寺(珠洲市宝立町)・平等寺(能登町)・萬年寺(能登町七見)・福正寺(合鹿)の11です。

一度しっかりと廻ってきて、写真を撮って来なければと思っていますが、1件々じっくりそこの住職のお話も聞いてこようとなると、1日では廻れませんが、まぁとにかく幾たびに1件は訪ねるという風にしたいと思います。

それにしても観光にも一役かえて、グッドアイデアですね!また、このブログのネタも増えます。お楽しみに!
ついでに当NGOも紹介しょうかなぁ?

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
 村井雅清(むらい・まさきよ)
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2009年05月02日

能登半島地震・その後25

*複数のMLに発信していますので、重複はご容赦下さい。

前号24号で大変大きな間違いをしてしまいました。

お詫び方々訂正をさせて頂きたいと思います。
能登半島地震で全壊になった興禅寺さんの再建完成が間近になり、「5月中には落慶法要が執り行われるのでは・・・・」と書きましたが、5月に行うのは完成式で、落慶法要というのは秋にされるそうです。

落慶法要となると、これまでお世話になった全国の方々にもご案内し、準備も大変で、檀家さんをはじめ地域総出でお祝いをすることになるそうで、少し時間が必要とのことです。

 それで、5月中に行われるのは完成式ということで、檀家さんと住職はじめ関係者でお祝いをするということになりました。

でも、この完成式にあわせて、足湯ボランティアを披露したり、炊き出しを振る舞ったりとかを考えましょうと言って下さっています。

 檀家さんの中でも、仮設住宅から公営住宅に引っ越しされた方もおられますが、門前地域のもならず、富来や輪島市内、穴水町も含めて仮設住宅を出られてまだまだ不安だらけで落ち着かない日々を送られていると察するのですが、できればこういう何かの集まりの機会に、お互いが声をかけて、それこそ農協さんの買い物バスが少し協力して下されば、出やすくなるのではと思います。

完成式の日程が正式に決まれば、そういう希望者のアシのことも考慮して、準備したいと思います。

また連絡を差し上げますので、是非その節は興禅寺さんにおこし下さい。
お楽しみに!!

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
 村井雅清(むらい・まさきよ)
 e-mail:murai@code-jp.org


2009年05月01日

能登半島地震・その後24

◇能登半島地震・その後24◇

昨日復興と漫画関連?の話をしましたが、全く漫画を読まない者にとって目がシロクロするのですが、今朝の朝刊紙には「ヒカルの碁」(1998-2003)という漫画にちなんだ話があり、ナント単行本になっ
て2300万部も売れたそうです。

それなら碁の会席を開いた方が・・・、とよけいなことを考えてしまいます。

 さて、話はがらりと変わってお寺の話です。

昨年能登半島地震で被災を受けた寺院が集まり、「災害ボランティア支援友の会」という会が
発足したことはすでに紹介しました。

この会の事務局をして下さっているのは、地震で全壊になった興禅寺(輪島市門前町走出)の住職
市堀玉宗さんです。

市堀さんは地震後、「再生」という文字を胸に刻み、以後「托鉢は僧侶の本願」ということで約2年間能登半島はじめ歩き続けて来られました。

おかげさまで、興禅寺も5月中には完成して落慶法要を執り行うことができるのではないかというところまで進んできました。

その市堀住職のお計らいで、簡易な木製ですが、その「災害ボランティア支援友の会」の看板が出来たのです。

 お寺が完成すれば、地震以来神戸からボランティアに行っていた「足湯」が、その地域を対象にできるようになります。

地域の方も足湯ボランティアがく来るのを楽しみにして下さっているようで、興禅寺の再生と共に足湯が地域の復興に少しでもお役に立てればと願っています。

何しろ興禅寺さんは、総持寺祖院の斜め前に位置しており、総持寺通り商店街の中ですから、興禅寺さんの再建の報を聞いて、さぞ地域の人は喜ばれるだろうと想像します。

 こうして能登の見所が一つ二つと”再生”していくことはほんとに嬉し
いことです。

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被災地NGO恊働センター 代表
CODE海外災害援助市民センター 事務局長・理事
 村井雅清(むらい・まさきよ)
 e-mail:murai@code-jp.org