穴水町復興対策会議能登半島地震復興支援ブログ

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小さい頃の、ご飯のおかず

小さい頃の、ご飯のおかず

へしこ

私の小さい時の食事(おかず)の事をチョット書いてみます。
小学校の頃だと思います。

学校から帰ってきたら腹がすいていますから、ご飯を食べます。
殆ど家には誰もいなかったと記憶しています。

オババ(祖母)、かあちゃんは畑か田んぼです。
とうちゃんは仕事をしていなかったんですけど、ほとんどいませんでした。

ご飯は、おひつに入れて毛布みたいなもので包んでありました。
戸棚をあけますと、朝食べて残ったコンカサバ(ヘシコ)かコンカイワシ(糠いわし)
漬物が必ず入っていました。

これで食べるんですけど旨かったです。

朝は、定置網に魚が沢山入ったら、近所から魚を貰えますから朝から刺身の日が
多かったです。

肉は鶏肉です。
鶏肉のすき焼きを食べていました。

自分の家で鶏を数匹飼っていました。
父ちゃんが、この鶏をつぶしていたと思います。

すき焼きといえば、クジラ、鯖のすき焼きを良く食べました。

クジラは、今の様に値段がそんなに高くない時代です。
旧能都町でクジラがあがると、八百屋からゴンボ(牛蒡)無くなると
言われたくらい旧能都町では、クジラのスキヤキが好まれています。

スキヤキを食べて腹一杯になり、次の日の朝は、前日のスキヤキの汁が残っている
鍋に、ご飯を入れて食べました。

今の様にウドンとかソバではなく、ご飯でした。
ご飯が一番手頃だったんでしょう。

冬になると、オババ(祖母)が囲炉裏にデッカイ鍋をかけて、菜汁を炊いていました。
また、これかと小さいながらに思ったものです。
今は美味しいと思い食べているんですけど。

それに味噌も作っていました。
旨くなかったのは、オババ(祖母)作る豆腐と、何にも入っていないオカラです。
本当に旨くなかった。

今、食べれば旨いと思うのでしょうけど。

漁師どころだったので近所にサケマス、イカ釣りの船に乗っている人が沢山いました。
切りあげて帰ってきたら、土産に塩鮭、すずこ(スジコ)ヘイカ(スルメイカの干物)を
沢山貰いました。

旨かったです。

その後、私がサケマス、イカ釣り船に乗り、近所に土産に塩鮭、すずこ(スジコ)
ヘイカ(スルメイカの干物)を配りました。

考えてみますと、体に良い食べ物を食べていたんですね。